徒然備忘録

30歳な私の子育て記録と日々のつぶやき

私が8月を嫌いな理由

8月になりました。

娘は今日も元気いっぱい。にこにこきゃはきゃは、ますますかわいい盛りです。

 

ですが、なんだか私の気持ちは上昇せず、もやもやぐるぐるすることが続いています。

育児の悩みは人並みくらいにしかないですし、疲れもまぁぼちぼち。

 

 

となると、やっぱりこのもやもやぐるぐるの原因は8月の到来かぁ、と自己分析してため息が出ました。

 

これまでの人生で30回近く8月を迎えてきましたが、8月の訪れだけはいつも心がざわつきます。

昔からそわそわ、もやもや、心が落ち着かなくて泣きたくなるのはなぜかなと思っていたのですが、おそらくその理由は誕生月だからかなぁと大人になってからは思っています。

 

8月入ってすぐが誕生日なのですが、家庭の方針…というか家庭の信条の事情で、誕生日を祝ってこなかった実家。

 

祝ってほしい気持ちはあるし、周りの友達みたいにプレゼントが欲しかったけれど、うちでは誕生日というイベントはなかったので、8月1日の出校日で誰かに気づいてもらうのを待っていた記憶があります。

でも、出校日で久しぶりに会えた友達の話題は目まぐるしく変わるもので、誕生日の話題にならないことも多く、かといって自分から祝ってなどと言えるものでもなく、寂しく帰宅。

 

そして、誕生日当日は、学校の図書室やプールなど開放されたる場所や、近所の図書館や公園など友達のいそうな場所で過ごして、気づいてもらえないかと期待する…そんな痛い1日でした。

 

この話をした友達には、「その日誘ってくれればよかったのに!」と言われましたが、「私の誕生日だからあそぼ」なんて言えないし、誕生日ということを言わずに誘えたとして、当日仮に気づかれたら気まずいし、気づかれなくても寂しい…!

 

そんなこんなで、早く誕生日なんて終われ、そして夏休みも終わって忙しい日常戻ってこいと思うのが私にとっての8月でした。

 

ですが、高校生くらいからは反抗期の到来と共に家庭の事情からも解き放たれ(笑)、誕生日プレゼントをあげ合う仲の友達におめでとうと言ってもらえるようになりました。

 

でも、寂しかった感覚がいまだにあるのか、あまり自分の誕生日が好きではないんですよねぇ。

人の誕生日を祝うのは好きなのですが、自分がもらう側になるとケーキもプレゼントもなんだか違和感があるというか、楽しいけど後ろめたいというか…

 

仲の良い友達や夫と過ごす楽しい誕生日が、寂しい誕生日の回数を超えてくればこのもやもやも晴れるのでしょうか?

 

 

他にも、クリスマス、初詣、ハロウィン、七五三、雛祭り、こどもの日、父の日、母の日…各種イベント(特にどこかの宗教由来のもの)は我が家では話題にも出ないものだったので、未だにこれで合ってる?と思いながら、やっています。

 

自分がそういうイベントやってこなかったコンプレックスを抱えているので、娘には一般的なものは当たり前に経験させてあげたいなと思いますね。

 

いろんな事情で同じような感覚の人いると思うのですが、まだ今のところ出会ったことがありません。

いつか出会えて、あるあるで盛り上がれる日が来たらあの寂しさが昇華できるような気がしてます。