徒然備忘録

30歳な私の子育て記録と日々のつぶやき

2週間検診とHOTZ床装着!

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テレビに近づきすぎて、この後怒られる娘1歳半。

そんな娘は最近、ようやく髪が結べるくらい長くなりました。

生まれた時からふさふさだったものの、結ぶにはまだもうちょっと、もうちょっと……と年明けくらいから結べる日を楽しみにしていました。

どうにも凛々しい娘のお顔。髪を下ろしていると男の子みが強い…。

髪をおろしたままでももちろん可愛いのですが、せっかくなら色んなスタイルの娘が見たい!という親のエゴで、色んな髪型に挑戦中です。

不器用な母の髪結い練習に付き合ってくれてありがとうよ……!

 

 

 

さて、昨日は息子の2週間検診と、大学病院でHOTZ床の調整•受け取りでした。

 

2週間検診の方は体重の増加が今ひとつということ以外は特に何も無く。

体重はGW明けに再チェック。1日あたり30〜40g体重が増えてればOKなんだそうな。そのために、1日8回、3時間おきにしっかりと授乳をしていくことを指導されました。

3時間おきの授乳をしてると、1日って24時間なんだなぁって本当に思います…。

 

私については特に内診もなくて聞き取りとちょっとしたチェックシートのみ。

涙もろくなった、気分の落ち込みがある、などのいくつかの項目で「ちょっとある」と答えたら統計上、産後うつ傾向があると出たようでちょっと心配されましたが…大丈夫です、原因は夫のマッチングアプリですとはまさか言えず…

 

産後のホルモンバランスの乱れのせいにしました。頑張ってくれてるのにごめんよ、マイホルモン。

 

 

そして、大学病院では小児歯科へ。

先週取った型から作ってもらった上顎側のみの歯のない入れ歯のような装具、HOTZ床を息子の口に合うよう微調整してもらって、受け取りました。

つける時にどうしても違和感はあるし、唇を少し巻き込んでしまうようで息子は大泣き。ポジションが定まれば落ち着きはするものの、やっぱり泣かれると胸は痛みます。

それでも、HOTZ床をつけることで哺乳がしやすくなったり、今後の手術後の負担が少なくなったりしていくそうなので、頑張ってもらわないといけません。

 

とりあえず、次回の受診までは授乳の時だけHOTZ床をつけて、慣らしていくことになりました。

次回の受診時には鼻を持ち上げるNAMという装具を取り付けて、なるべく常時、HOTZ床とNAMを装着しておけるようにするんだとか。

まだまだ道は長いです。

 

 

HOTZ床を受け取って1日、少しずつ慣れてきて、HOTZ床を口に入れる時には泣いてしまうものの、上口蓋の裂が塞がれるのでやはり哺乳瓶が飲みやすくなったようでぐびぐびごくごくミルクを飲みます。

痛くないように、気持ち悪くないようにHOTZ床の入れ方や哺乳瓶の角度など、試行錯誤したことと、何より息子自身の適応力のおかげで何とか慣れていくことができそうです。よかったよかった。

 

 

病院に付き添いで来て、お利口さん…とはいかずともそこまで暴れずにいてくれる娘1歳半の頑張りもスタンディングオベーションものです。

 

病院のスタッフさんたちや学生さんたちに構ってもらえて、人見知りもあまりせずにご機嫌な娘は本当に助かります。

毎回そんなに短い時間で終わるものではないのですが、息子の様子を見て、なでなでしてあげて、そして自分の遊びに没頭。

良きせぬ方向に歩き出すときもありますが、泣かないでいてくれるのがありがたい。

 

なかなか甘えさせてあげられてないんじゃないかというのは懸念してるので、昼と夜の寝かしつけは私がべったり抱っこして、寝る直前までゆっくり小声でお話しをしています。

 

娘にも息子にも寂しい思いだけはなるべくさせないよう、工夫していきたいものです。

 

では、そろそろ朝の6時…息子の授乳タイム。

今日の戦いが始まるので、いってきます。

ザ☆ピース! 自宅へ帰還

 

 

今朝は久しぶりに携帯のアラームで起きたのですが、アラーム音をモー娘。ザ☆ピース!にしていました。

この曲は幼少期から聞いていたし、カラオケでも世代問わず盛り上がれるのでよく歌っていましたが、改めて歌詞が印象的…!

 

 

選挙の日って ウチじゃなぜか

投票行って外食するんだ

 

ピース=平和のために一般市民ができることは選挙に行くことよねという、ちょっと社会派な意見をサラッとノリよく言っちゃうセンスが好き。

この曲の刷り込み効果か、私も選挙に行ったあとは外食してます。

 

 

 

好きな人が 優しかった!ピース!

 

好きな人に優しくされた場面だと考えたらそれはもちろんうれしいだろうし、自分が好きになった人が人に優しくしているところを見た場面どとしたら、そんな優しい人を好きになれたこともなんだかうれしい。

分かる、分かる〜!!

ただ好きな気持ち以上に、誇らしいというか、面映ゆいなにか暖かい気持ちになれますね。

 

 

大事な人が分かってくれた

感動的な出来事となりました

 

自分のことを「分かってくれた」って思えることって本当に稀。

しかも、占いとかカウンセリングとかで第三者目線で分かられた訳ではなくて、大事な人が自分のことを分かってくれたっていうのは、本当に素敵で感動的。

私もそういう人を選んだつもりだったのになぁ。

は〜つんく♂って改めてすごいなぁ。

 

 

アラームを聴きながらそんなことを考えていた今朝でした。

 

 

 

 

さて。

退院して、自宅へ帰ってから2日が経ちました。

夫と、新生児息子と1歳半娘の生活リズムをどうつけていくかを考えながら生活の流れを確認しました。

 

夫の1ヶ月間の育休期間、息子の沐浴の時間はいつにするか、娘のお昼寝の時間はどうするかなど、細かい打ち合わせをしながらばたばたと過ごし、なんとか2日目が終わりました。

 

産後7日目となる私の体はまだなかなか本調子とはいかず……

尾てい骨のあたりは重たーい感じに痛いし、もとからある貧血に加えて出血もまだあるし、そして授乳まであるせいか頭痛と怠さが襲ってきます。

幸いにして夫は巷でよく聞く「育休を自分のために使える自由な休暇だと勘違いしている男性」ではないため、家事をメインで担ってくれていますし、体力のありあまっている娘を午前午後に1回ずつ公園に連れて行ってくれます。

 

息子は口唇口蓋裂ベビーのため、授乳は100パーセント哺乳瓶から。それもあって、一日の授乳チャンスのうち半分は夫があげてくれています。

 

 

こうやって当たり前のように家庭のために動いてくれる夫を見ていると、マッチングアプリであれこれやりとりをしていたことが嘘のよう……

 

入院中に「自宅に帰ったら改めて話をしたい」と伝えてはいたものの、ちょっとまだ体力、精神力的に私に余裕がなく、話せていません。

 

夫のはたらきを見ていると「こんなにしてくれるのにねぇ」と喉から出かかるものの、中途半端な状態で話し始めたくないので飲み込んでいます。

はぁ。

 

 

息子も娘もとっても可愛くて、日々尊い時間を過ごしているなとしみじみ思いながら生活しているのに、白い布にぽつっとひとつ黒い染みがあるような感じで夫への黒い気持ちが消えません。

 

娘や息子に可愛い可愛いって言ってるけど、君のしたことはその子たちを傷つけたり裏切ったりする行為だと分かっていたかい?

 

休んでて、寝れる時に寝て、と体をいたわってくれるけど、寝るに寝れなくて君のことを考えているって知ってるかい?

 

なんだか今日は気持ちがなかなか上向きにならない日。

寝て起きて、少しでもザ☆ピース!な心持ちになれていることを願って、今日もアラームをかけて寝ます。

お休みなさーい。

春うらら 大学病院へ

 

 

春眠暁を覚えず。私の住んでいる地方は今日はそんな朝を迎えました。

ひんやりとした空気が徐々に緩んで、二度寝にぴったり。そんな朝。

毎年春になると孟浩然は天才だなぁと思います。

 

 

昨晩は、息子をナースステーションに預けて、久々に朝まで熟睡。といっても、なかなか寝付けず、寝付いたのはだいぶ夜が深まってからでしたが。

それもあって二度寝の気持ちいい朝でした。

 

 

 

さて、産後5日目の本日は、息子の口唇口蓋裂用の装具を作るために、大学病院に行ってきました。

 

外出届けを出して、産院のスタッフさんからいってらっしゃーいと見送られて駐車場に降りて、迎えの車のドアを開けると……

5日ぶりに会う娘1歳半!

 

里帰りで実家に帰った頃から、出産のために入院したママが帰宅した時の上の子供の反応をYouTubeでよく見ていました。

泣くのか、意外と普通なのか、はたまた笑顔……?と、娘には申し訳ないながらもちょっと、楽しみにしていました。

 

ドアを開けて助手席に乗り込む私を、後部座席のチャイルドシートにいた娘はただただ不思議そうに眺めていました。ちょっと残念に思いつつも、予約の時間に間に合うために娘に「会いたかったよー!!!」と声だけかけて、いざ出発。

すると、徐々にママがいることを理解したのか、車を出してから2分もすると大泣き!

 

( ˙꒳​˙ )ん?ママだ。

( ゚д゚)……え?ママ?

。゚(PД`q*)゚。ママーーーー!!!ママだー!!

 

さっきまで寂しいとか残念とか思ってたのに、いざ泣かれたことで、産後メンタルな私も思いのほか大ダメージ。

とはいえ、時間は迫っているため、とにかく病院に着くまではこのままあやすしかない……

助手席からお菓子やお茶でご機嫌を取ろうとしたものの、お菓子を握りしめても涙は止まらず……なんとか20分後、病院に到着。

 

娘は車から降りると、ひしっと抱きついて離れなくなりました。

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この5日間、3キロちょっとの息子を抱っこしていたので、10キロある娘はすごく重い……

とはいえ、里帰り先の実家やパパと2人きりの自宅で、泣いたりぐずったりすることもあまりなく、頑張ってくれた娘。

私も離れて寂しかったので、ひたすら抱っこで移動しました。

 

 

大学病院に行くのは初めてだった私たち。

目的の病棟から1番遠い駐車場に停めてしまい、院内の連絡通路をひたすら、ひたすら、ひたすら歩く!

 

産後5日目の体で10キロを抱っこして10分以上早足で歩くのは、やはり体的に無理だったようで、何とか着いた頃には腰ががくがく。

産後は交通事故にあったくらいのダメージと聞いてはいましたが、こりゃあやばい……とちょっと冷や汗をかくくらいには無理してしまったことを後悔しました。

 

 

 

受付の間、座らせてもらって何とか回復して、いざ息子の装具の型どり。

 

左側完全口唇口蓋裂の息子は左の鼻の穴、そこからつながる歯茎、上顎まで裂が入っているため、そこをふさぐような形で、歯のない入れ歯のような装具をつけます。

HOTZ床(ほっつしょう)というのですが、これをつけることで舌と上顎で哺乳瓶をしっかり挟むことができるようになって哺乳がしやすくなったり、裂部分に舌が入り込むことがないのでそれ以上空間が広がらない効果があるんだとか。

 

今後、裂を塞ぐ手術をする時に、間はなるべく狭い方がいいらしく、口になにか入れる違和感から子どもは嫌がるけれど、頑張ってつけなければいけないもののようです。

 

 

このHOTZ床は一人一人の口の形や裂の形に合わせて作られるもので、型どりが必要。

先生方に息子を預けて待合で待っていると、中から聞こえてくる息子の大きな泣き声……

夫と娘はオムツ替えのために離脱してたため、長くてひんやりした待合でひとり、息子の泣き声を聞きながら待つうちに、息子がこれから先も手術や治療で痛かったり苦しかったりするんだな、と思ってしまって、産後メンタルのせいか思わず泣きそうに。

 

産院の先生や市立病院、大学病院の先生方から、息子の口唇口蓋裂の説明の度に、母体のせいではないし、遺伝のせいでもない、原因はわかっていないと何度も言われて、ちゃんと納得しているつもりだったのに……

 

治療や手術が必要無い体に産んであげられなくてごめんね、辛い思いさせるのに変わってあげられなくてごめんね、なんて思った自分に驚きました。

 

私と私の母の関係性のせいもありますが、私が母に似たようなことを言われた時、だったら産まなきゃ良かったじゃんとか、そんなこと言ってどうしたいの?とか言い返した記憶があります。

 

私が息子をそんな状態で産みたかったわけじゃないし、息子にそんなふうに謝ったところで、息子が許すとか許さないとか決めることでもないし、謝っても解決しない問題。

なら、そんな微妙な気持ちにさせるようなことを口にして、どうしようもない自分の罪悪感を慰めさせるべきではないと思っていたのに……

 

思ってしまった事実は変わりませんが、生涯息子にはこのことは言わずにいないといけないなと、息子の泣き声の響く長い廊下で1人思いました。

 

 

息子の口の型取りが終わり、もろもろの説明の後に病院にもどると、ママがいなくなることを察した娘が再び号泣する事件はあったものの、なんとかなだめて自分の病室へ戻ることになりました。

 

検査や挨拶、息子のお世話などを間に挟みつつ、明日の退院の準備もあらかた済ませて、脱力して今です。

 

 

明日からは子ども2人と過ごす生活が待っていると思うと、もちろん楽しみですが、どこか恐ろしい…

でもやっぱり楽しみです。

 

そして、夫との関係も夫が育休をとっているこの1ヶ月で何とか答えのようなものを出せればいいなと……どうでしょうねぇ、こればっかりは。

 

 

そんな課題がたくさんな明日からの日々に向けて今日は寝ようと思います。

おやすみなさーい。

 

今週のお題「変わった」

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白詰草をつむ娘1歳半と夫。入院前、最後にお散歩に行った時の写真です。

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娘がつんでくれた白詰草で花冠を作ってあげたのですが、そちらは興味がないようでした……ママちょびっと寂しい。

 

 

 

さて、ここ3日、人が変わったようにブログを毎日更新しています。

産後の入院で比較的時間があるのと、夫から離れて過ごす時間の中で、吐き出したい気持ちが心に渦巻いているのと……

理由は色々あるけれど、書いてると落ち着きます。

アウトプット&デトックス、心の健康のために大切ですね。

 

 

書くとすっきりするので、今日もなにか……と思いお題を見ると、ざっくりした良きお題が。

最近、ネガティブ全開!なことばかり書いてたので、明るく書けたらいいな〜

 

さて。

 

 

 

 

今週のお題「変わった」

 

このお題を見て浮かんだのが、奥華子の「変わらないもの」

 

変わらないもの 探していた

あの日の君を忘れはしない

時を越えてく思いがある

僕は今すぐ君に会いたい

 

時をかける少女の挿入歌?エンディング?の曲で有名なこの曲。

奥華子さんの声と映画のストーリーと歌詞がジェットストリームアタックかましてきて、なんとも言えず涙が込み上げる心持ちにさせられます。

 

いわゆる青春時代と言われる年代だった頃は、大変そうでも自由な大人たちが羨ましくて、青春時代を懐かしんで語る大人たちを見ても「ほーん、そんないいもんかなぁ」くらいにしか思っていませんでしたが……

20代の10年間で青春時代のいい思い出も失敗も、思い出したくもない黒歴史すらも一通り消化して、30を目前にした今、青春時代が眩しく思い出されます。

この、なんとも表現の難しい……甘くて酸っぱくて、でも噛み締めると飲み込むのも苦労するくらい苦くて、寂しくて泣きそうで、あったかくて、でもどこかひんやりともしていて、抜けるような夏の空の色であり、影を伸ばす夕日のオレンジ色、いや霞みがかったようなセピア色…………な青春時代。

 

何かで、大人になりたいと思ってるうちは子どもで、子どもに戻りたいと思ったら大人、という言葉を見ましたが、ほんとですね。

は〜大人になっちまったな〜、と、しみじみ。

 

 

今は育休を取っていますが、中学生に関わる仕事をしている私。

現役中学生たちと接していると、自分の中学生時代がよく思い出されます。

 

14、15年というまだ短い人生経験。物心が着くのが5歳ころだとすれば、自分で自分の行動を決める経験は10年足らず。

二次性徴が出始めて、体も心も大きな変化の途上にあって、理由もなく不安になったり、はたまた人生経験の少なさから来る視野の狭さによって万能感や無力感に振り回されたり……

 

女の子は生理が安定しない子も多く、体調の変化はもちろん、心の浮き沈みが自己肯定感にダイレクトに影響してきたりなんかして……

 

私のことを振り返っても、中学生時代は悩み多き時代でした。

親や大人への信頼感はあまりない。でも、そこに甘えて生活している現状にも少しずつ気づいてきてはいて、自立したいとは思うけどできるわけもなく。

自分以外の人が何を考えているのかってところを意識できるようになって思いやりを持てるようになる反面、人の目も気になる。

 

自分の価値だとか、生きるとか死ぬとか、そういう極端なことがよく頭に浮かんでいました。

 

でも、まだまだちゃんと子どもなので好奇心はあるし素直。友だちとボール追いかけて遊んでたら楽しいし、体育の時間はちゃんとムキになって試合するし、友達と漫画やアニメやテレビの話題でキャーキャー言って盛り上がるのは楽しい。

自分の価値に悩んで、一周まわって自分を特別だと思ったりなんかしても、ずっと斜に構えていられるかといったらそれはできない。

それでイタい子だと思われたくもない……っていう客観性もでてきて……。

 

 

そんなちぐはぐで、ままならない時代を過ごす彼ら彼女らと一緒に生活していると、一生の中でその時しか味わえない、成長過程でしか過ごせない本当に尊い時間だなと思います。

 

もちろんみんながみんなそうとも限りませんし、厳しくも優しく愛情たっぷりに育てられたんだろうな〜という精神的にすごく安定した子どもたちもたくさんいます。

客観的に分かることばかりでもないですし、自分なら分かってあげられる、なんて自惚れてもいないつもりです。

 

ただ、彼ら彼女らの大小さまざまな悩みに、直接的または間接的に接するなかで、自分のことが大っ嫌いだった中学時代が少しずつ成仏されていくのを感じます。

 

仕方なかったよね、私なりに頑張ってたよね。

間違いもたくさんあるし、葉蔵ばりに「恥の多い生涯を…」って言いたくもなるけど、それなりに今やってるよって、過去の自分に言ってあげられるようになりました。

 

仕事と、出会った子どもたちのおかげで、あの頃の私と比べたらかなり変わったなって思います。そりゃもう30なんで変わってないとおかしいんですが 笑

 

 

成人から10年経って、就職して結婚して子どもも2人産んで。思えば遠くに来たもんだ

 

 

ここ1,2年の小さなスパンでの変化や、自分以外の人の心変わりばかりに目が向いていましたが、そりゃ、私だって変わるんだから、他の人も、夫だって変わるかぁ。

変えられるのは自分と未来だけ、過去と他人は変えられない、とは誰の言葉でしたかね?

 

 

少し、気持ちがすっとした気がしたところて、奥華子聴いて寝ることにします。

おやすみなさーい。

 

 

授乳にまつわるあれこれ

 

 

産後3日目。

入院生活も残り3日となり、退院後のスケジュールがどんどんと入ってきました。

 

気持ちは焦るものの、まだまだ入院中。

初産の時に比べれば、ちょびっと裂けたものの会陰切開もしてないし、一回とはいえそれなりに経験値になっていたのかいきんだことによる筋肉痛もない。

経産婦は後陣痛がきついと聞いていたものの、幸運にもそこまででもない。

体的には初産の時よりもだいぶ回復が早い気がします。

体は元気、でも動けない、予定は入ってくる。

心がちょっぴりざわざわします。

 

というのも、日々やることがない。

息子のお世話と体の状態チェック、ちょっとした病院からの指導以外は何をするでもない1日。なんというか、精神的安息がない感じ?

口唇口蓋裂があるとはいえ、上の娘を産んでからまだ2年経っていないので、まだまだお世話の記憶は新しく特に手間取ることもない。

よく飲みよく食べよく眠る息子の生きる力に助けられて、のーんびりさせてもらっています。

 

退院したらギリ2学年差とはいえ年子育児が待っているので、今、贅沢に時間を使ってゆーっくりするべきなのでしょうが…

スマホゲームか小説を読むくらいしか娯楽もないし、息子の授乳があるので惰眠を貪るわけにも…

ままなりませんが、体だけは元気です。

 

 

さて、そんな息子ですが、口唇口蓋裂児ならではのお世話の大変さがすこーしだけでてきました。

それが授乳。

 

現在1歳半の娘が新生児の時は、基本は直で母乳。母乳が安定して出るようになるまではミルクを足す、というやり方でした。

母乳がどのくらい出てるのか、どのくらい飲めてるのかは目で分からないので、毎日の体重測定に一喜一憂したことが思い出されます。

 

息子の場合は、左側に裂があるのでなかなか直接母乳を吸うと言うのは難しいようで。

胸を口に近づければ、乳首を探すような動きをして、口に含んであむあむするものの、ちゅうちゅう吸うには圧がかけられないよう。

お母さんの乳首の周りから出る脂が、お母さんを認識する匂い?味?のようで、仮に上手に飲めなくてもコミュニケーションとしてお乳を吸わせています。

 

そして、やっぱり人間の体ってすごいです。

息子に吸わせるようになって一日、寝ていても起きるほど痛いくらいに胸が張り、あっという間に母乳がでるように。

このスイッチ入ると体の機能が変わるのって本当に人体の神秘だなぁと思います。

 

 

閑話休題

 

息子への授乳の手順は、まず直接胸から吸わせてみて、ある程度時間が経ったら搾乳しておいた母乳を口唇口蓋裂児用の哺乳瓶であげ、足りない分はミルクを足す、といったものです。

 

娘の時は眠りかぶりながらも胸をはだけてお乳を与えて、飲み終わったらそのまま眠れましたが、今回はそうもいかない。

 

 

まず、事前に痛みのない無理のない範囲で搾乳し、冷蔵庫に保管しておく。搾乳機を洗浄、消毒。

 

授乳の時間になったら、保管しておいた母乳を湯煎であたためつつ、胸からお乳を吸わせる(10分)

あたたまった母乳を口唇口蓋裂用の哺乳瓶に移し、飲ませる(20分)

大体、母乳量が足りないのでミルクを足して飲ませる(10分)

裂から空気を飲みやすいので、吐き戻し防止のために合間合間で小まめにげっぷをさせるのは必須。

全部飲み終わったら、哺乳瓶、母乳を保管していた容器を洗浄、消毒(5分)

そして、次の授乳に備えて搾乳した後、搾乳機の洗浄、消毒(20分)

 

ざっくり1時間…!!

息子はあまりお腹がすいたー!!と泣かないタイプのようですが、推奨されている3時間ごとの頻回授乳のためにこれをやっていると、気が…遠く…

 

口唇口蓋裂ベイビー特有のというよりは、お乳の出が悪くて授乳がなかなかうまくいかない場合や、乳首トラブルで直接母乳をあげられない場合も同じ工程を経ているのだとは思いますが…

 

娘の時にどれだけ楽をさせてもらっていたのかひしひしと感じます…

お乳、ミルクをあげる時はしあわせタイムなのですが、そのための準備や後片付けがなかなかに面倒。

よく眠る子なので、寝かしてもらえてはいますが…退院してから大丈夫かなぁとやや不安です。

 


でも、大変なくらいの方が、その他の煩わしい考え事、夫のこととか夫のこととか夫のこととかを考えないからいいのかとも思ったりなんかして…

 

 

物事は一長一短、とりあえずは目の前の可愛い息子を愛でながらもう少し眠ろうと思います。

おやすみなさい。

 

マタニティブルーズ?

 

 

産後2日。昨晩は寝かせてくれなかったラブリーマイサン、今日はママを寝かせてくれるようです。

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息子は左側の口唇・歯茎・口蓋まで割れてる口唇口蓋裂ベビー。

でも、産院のスタッフさんの協力のもと特に悲観的にならずに育児をスタートできました。

 

産むまでは口唇口蓋裂の程度によっては、その容姿に怖さを感じてしまったらどうしよう、愛せなかったらどうしようと不安になっていたものの、なんのこっちゃない可愛い我が子。

 

そりゃあ見た目は思いっきり割れてますし、ミルクを飲ませる時にのぞく上顎もくっきりぱっきり割れてて、今後のこの子の手術や療養が必須な生活を思うと不安はあります。

でも、心配してたような、口唇口蓋裂だから愛せないとかってことは全くなくて、我ながらほっとしました。

 

 

 

お世話の方も割とスムーズにできているような?

お世話が始まるまでは、吐き戻しが多かったり、鼻から逆流してきたり、全くミルクが飲めなかったり、体重が増えなかったりしたら…と悪い想像ばかりをしていたのですが、そこは息子本人の頑張りがすごい!

 

口唇口蓋裂児用の哺乳瓶を使い、裂のない方に寄せ気味にして口に入れれば上手にミルクをごくごく。

20cc飲むごとくらいの小まめさでげっぷをさせれば、吐き戻しもほとんどなく、げっぷ自体もすごく上手!

なんなら娘よりもげっぷは上手かも?

 

 

とはいえまだまだ産後2日。

口唇口蓋裂児ならではのお世話の大変さや悩みがどんどん出てくるのだとは思いますが、今息子の寝顔を見て、可愛いなぁと思える時間があれば何とかなるようなそんな気がしています。

 

 

 

息子のことに関してはそんな感じです。

でも、私の心持ちはなぜだか、ウキウキ!ハッピー!赤ちゃんとの生活を満喫!という感じではなくて…

 

 

 

娘を産んだ時は感じなかった(もしくは忘れられるほど軽かった?)気分の落ち込みを今感じて、くらくらしています。

 

産後うつってほどではない、はず、だし、息子のお世話への忌避感や脱力感はなく、体力的なきつさ以外は感じていないのに…

 

なんだろう、落ち込む。

過去の諸々や今日1日の中での自分の行いを振り返っての自己嫌悪が頭の中でひそひそ。

意図せずでるため息と、なーんか心臓のあたりがおもたーい感じ。

これから病むぞっていう感覚?なんなんでしょう。

 

理由が知りたくてネットで調べたところ、マタニティブルーズというホルモン分泌の急激な変化に伴って、体や心の状態が変化する症状があるよう。

まぁおそらく、これなんでしょう。

でなければ説明のつかない心の揺れです。

 

 

まぁ、他にも考えられる理由はいくつかありますが。

 

 

まずは夫。ていうか、もう9割夫。以下愚痴です。

 

年明けに発覚したマッチングアプリの利用と、そのトーク内容によって、一時は即!離婚!も辞さない構えで生活していて。

でも、とりあえずは出産に集中しよう、息子がどんな状態で生まれてきてもいいようにそっちに集中しようと、目を背けてやってきました。

 

私がいない入院中。まだまだ一歳半の娘をなるべく環境の変化の少ない中で落ち着いて過ごさせてあげたい、そのためには夫の協力は必要不可欠。

今も、1ヶ月とった育休を利用して娘のお世話をしてくれています。

 

 

ですが、ここでももやることがあって。

 

このタイミングで夫、なんと発熱。

あと5日は退院できない、なんならそのうち1日は外出許可を取って大学病院に装具を作りに行ったりするのに、このタイミングで!?発熱!?体調不良!?と、まぁ、仕方のないこととわかってはいても、わかってはいても、なんというか、呆れというか、脱力というか。

 

もともと体調を比較的崩しやすい夫。

これが仕方のない持病によるものなら寛容にいられた気がするのですが、夫の場合、自衛のしなさすぎが目についてしまって、優しくなれない私がいます。

 

一緒に住み始めて6年。

体質から改善すればいいかも!と色々提案してはきましたが、どれも夫には余計なお世話だったようで。

 

朝ごはんの習慣をつければどうかと思っても、まず起きないし、通勤中に食べられるようなものを用意しても食べない。切れていく賞味期限。もしくは私が虚しさを感じながら食べる。

世にいう免疫が上がる食べ物を用意しておいても食べない。夕食にメニューの一つとして出せば食べてくれますが、ヤクルトやヨーグルトなどの自分のタイミングで摂取する系は、声をかけても夫の分は放置されたまま賞味期限を迎える。

サプリメントは買うものの飲まなくなり、歯磨きも私が促すまではせず、歯医者は行くのを忘れて行くのが億劫になる。

 

なんていうか、普通に生活しているといえばそれまでだし、それで何か迷惑をかけられているのかといえばそうではないのですが、良くしようという意欲がないというか。

 

しかも、このタイミングで…っていうのも、間の悪さにため息。

夫の実家より私の実家の方が近いので、とりあえずは娘と一緒に泊まって、娘を親に見ててもらいながら休んでいるところのよう。

 

 

 

そんな浮気性で虚弱体質で怠惰な夫を選んだのはだーれだ、と言われたら私なんですが、結婚前は私としか付き合った経験もなく、私のことしか好きにならないと公言していた夫。

体調を崩すのも年に2回とかだったので、本当に

人は変わるなぁというのを実感。

 

それでいったら私も夫に言わせれば変わったのでしょうが。何かが変わったから、夫も変わってしまって、それを受け入れるべきなんでしょう。納得は、できませんが。

 

 

結婚1年経たない頃にされた浮気に続いての今回のマッチングアプリによる浮気未遂について、今後どういう関係を築いていくかまた腰を据えて考えないといけない。

でも、これから手術や療養で親の出番が必要になることが増える息子のお世話と、娘のお世話には人手がいる。

親には頼りたくない、でも転勤族な私が仕事復帰した後、人手をどう確保するのか。

 

子供の父と母という関係だけを保持して今後20年、子どもが独り立ちするまでやっていくのか、何かしら私が我慢か譲歩をして、夫婦としてもやり直すのか。

娘を産んで3ヶ月からマッチングアプリをインストールして、娘の一歳の誕生日近くにマッチした女の子といちゃいちゃ性的なやりとりをしていた

夫と夫婦生活ができるのか。

どうしたら落とし所が見つかるのか。

好きとか愛してるそういう気持ちはもう夫に対しては持ちたくないと思うし、生活の中でその残滓みたいなものは感じるけど、それでも「この人は私以外と性行為をするために行動を複数回起こした人」というラベリングはもうされてしまっている。

子どもは可愛い、めちゃめちゃ可愛い。米一粒たりとも不幸にしたくない。この人はいい父親ではあると思うし、夫は私との離婚なんて考えてないと言う。謝るし、もうしないって言う。前回もそう言ってたけど。

 

私が悪いのか?許せない私が悪いのか?

子供もいる、いい年なのに、いつまでも愛や恋を引きずって、そこに価値を見出すのがいけないのか?

それか、さっさと離婚しないのが悪いのか?見切りをつけて、こんな父親はいない方がいいと割り切った方が子供達にとっていいのか?

原始人でもないのに、この令和の時代においてさえ男だから浮気したくなるのは仕方ないと思わないといけないのか?帰ってくるならいいと思って、亭主元気で留守がいいくらいにどーんとかまえられない私が未熟なのか?

許せないのは私が夫に依存してるからなのか?それとも人として当然?だとしたら、どうすれば私が納得し、子どもたちはなるべく不利益を被らず、あわよくば夫に後悔させることができるのか。

 

そんなことがぼんやりした頭の中をぐるぐる回っています。

 

うん、これ産後関係なく普通に病むの必至な状況にホルモンバランスの変化が合わさっただけですね。

 

どうしたら、いいんでしょうね。

 

 

 

息子爆誕!出産レポ

 

本日、2023年4月15日。

産みました!第二子〜〜〜!!

 

 

なんかもう産まれた、とか、やっと会えたとかそういう受動的な感覚じゃないです。

今回のお産が私的に壮絶すぎて、産んだった!産んだったで!!!!って感じ。

もう、本当に、痛かった…。

2度と出産なんかしない…私には出産の才能はない…

産後、あの痛みは忘れられるという通説がありますし、前回は私も例に漏れずそうでしたが、それを覆すほどの痛みと苦しさでした。

 

 

そもそも今回は第一子の時よりも覚悟のないままお産が始まったのが我ながら失策でした。

 

実家近くの病院で産む予定だったので1歳半になった娘と里帰りをして1週間が経過。

もともとうまくいっているというわけではない私と両親でしたが、孫は可愛くて仕方ないのか、そこまでの理不尽な言動は感じずに過ごせたものの…

父は時間も量もあまり気にせず、甘いものしょっぱいもの味の濃いものを娘に食べさせ、本当に健康が心配になるレベル。

母は父よりは娘の健康に気を遣ってくれるものの、大人向けの料理や市販品をどんどん出すし、何より私に何も言わずに散歩に行くなどヤキモキさせられ…

 

予定日2日前を迎えて、里帰りさせてもらっていることに感謝の念はもちつつも、そこそこに不満がたまっていたため早く産みたいな〜このままじゃ娘はおでぶに、私はストレスでどうにかなってしまうと思っていたところでした。

 

そういう環境もあり、かつ妊娠後期特有のトイレの近さもあってなかなか寝付けず、一睡もできずに迎えた朝6時。

軽い便意を感じてトイレに行ったものの、出るものはなく、何となく感じる便ではないものの存在感…

そして、懐かしの生理痛のようなきゅーっとした痛み…

まさかと思ってアプリで陣痛カウンターをとってみたところ、7分間隔で我慢できるくらいの痛みがきていることがわかりました。

 

でも、おしるしもなく破水もしてないなか、ここで慌てて病院に行って、仮に陣痛ではなかった場合、また家に戻されることはわかっていたので、一応8時まで様子を見ることに。

 

やけに寝起きのいい娘に、いつもよりママママママと甘えられて「何かしら感じ取っているのかしらん」と思いながらも、入院バッグのチェックと朝ごはん。

ご飯をぱくぱく食べる娘を見ながら、これから離れて過ごす1週間を思って、ちょっとどころでなく寂しい気持ちに。

それもあって、なんとなく気忙しくて食欲がわかず、りんごを半分だけ食べて病院に向かいました。ここでもっとご飯を食べていれば…後悔ポイント1です。

 

娘を父に託して、9時ころ母と病院へ。

全然我慢できるくらいの痛みだったのですが、お尻の方に違和感があると電話で言っていたせいか、車椅子でLDR(陣痛から分娩、回復までできる病室)に連れていかれ、モニターで赤ちゃんの動きを見ることに。

陣痛がこの時点で5分間隔、子宮口は5センチ!

病院に来るタイミング的にはバッチリだったようで、この時には助産師さんと「経産婦さんは初産の半分くらいの時間で産むのが平均的」「前回が10時間くらいなので、お昼頃には産まれそうですね〜」なんて朗らかに希望的観測を話せるほど余裕がありました。この時はね……。

 

 

病着に着替え、タオルやお茶を用意し、点滴の管を繋ぎ、入院に伴う書類を書き…と比較的ゆっくり用意を進めていき、10時をすぎた時には陣痛がはっきりと痛くなってきました。

 

なんとかソフロロジーの呼吸法(ながーく吐いて、しっかり吸う)をやりながら、痛みに集中して、赤ちゃんに酸素を送ることを意識して過ごしていたのですが、徐々に強くなる痛みと、思い出される前回の痛み。

 

初産の時は、普通分娩、無痛分娩、帝王切開、会陰切開、はては水中出産まで出産レポを読み漁ってはいたものの、この後何かどうなるのかも分からず必死に助産師さんと先生の言う通りに過ぎた時間でしたが、なまじ何となく流れが分かるだけに怖い!!

 

痛いの怖いよ〜と内心がくぶるな中、「始まったら終わるしかない」と唱えていました。

 

ですが、昨晩、トイレの近さとストレスからか一睡もできていないことが災いして、襲いくる眠気。

うとうとして、陣痛の痛みで引き戻されて、またうとうと…お産をすすめるためにと促されて、壁に手をついてお尻をふったり、バランスボールではねたりしながら、痛みと眠気に耐えました。

 

前回と同じく今回も回旋異常で、上手に回って出てこれない我が子。

本来なら向くべき向きよりも顔が斜めになっていて、それがなかなかお産が進まず痛みの原因だと説明されたころには、思わず声が我慢できないほどの痛みが…

 

前回は弱音は吐かない!みっともない姿をさらしたくない!と思って臨んで、そこそこ心を強く持てていたはずなのに、今回はもう弱音祭り。

 

産院あるあるかもしれませんが、ついてくれてる助産師さんが定期的にいなくなって、なかなか戻ってこないんですよね。

何かしらの準備があるので仕方ないのは分かっているのですが、付き添いもなく、頼れるのは助産師さんだけというなか1人にされて、次の陣痛が来る恐怖から半泣き。

 

12時ころには眠気と痛みと恐怖で、恐慌状態と言ってもいいくらいでした。

お昼ご飯食べましょうか〜と和やかに言われるものの、え?ご飯?この痛みの中?とパニック。

ご飯食べた後、お産をすすめるために立ったり座ったりしましょうね〜なんて、優しく言われて私の痛みの感じ方と、助産師さんとのギャップに思わず涙。

 

い、い、いだいんでず〜無理でず〜

と痛みと次の陣痛がくる怖さから震える手がやけに印象に残っています。

 

おそらくその様子を見てご飯を食べさせるのは無理だと判断されて、ブドウ糖を点滴でいれることに。

血糖値上げていきましょー!とちょっと体育会系なことを言われ、ふふっとなったのも束の間、1時ころにはもう、もう、思い出したくもない痛み。

腰は助産師さんが上手にさすってくれていたおかげか、あまり痛くはなかったのですが、何よりお腹とお尻!

お腹を襲うお腹を壊している時の波のある痛みの超強いやつと、出る!出るぅ〜〜!!!が、出ない!でも出したい!でも痛い!!!というお尻の強烈な違和感と痛み。

 

この時覚えてるのは、先生が来て内診して子宮口の開き具合とエコーで赤ちゃんの向きを見てくれたあと、ギリ聞こえないくらいの声量で助産師さんと話していた様子です。

まだですよね〜あと1時間くらいしたらまた子宮口チェックして…回旋がね〜、四つん這いしてもらって〜…

と痛みのなか、うっすら聞こえる恐ろしい内容。

 

えええ!?あと1時間はとりあえずこの痛み!?この!痛みのなか!?四つん這い!?させられるの!?

お医者さんからしたら当たり前の状況なんでしょうが、私は絶望。

 

話の終わった助産師さんから、

「〇〇さ〜ん、ちょっとね、まだ赤ちゃんの向きがなおってなくてね、このままじゃ進まないから1時間くらい動いてみましょうか〜」

とにこやかに言われて、パニック。

「く、くすりとか…」と言うと、「促進剤使います?うーん」と思案顔。

もうこの時は、帝王切開でも促進剤でも未知の治療法でも何でもいいから1秒でも早くこの痛みから助けてぇ!!としか思えず、のたうちまわってました。

 

さすがにそんな状態の私を立たせるわけにもいかず、ベッドのうえで四つん這いになることに。

これがまた痛いんだ…

この時2時前。もうすでにかなりいきみたい衝動はあるものの、子宮口全開ではないため、出ない、でも出したい、でも、でもが2、3分感覚で襲ってきて、ゔ〜!わ〜!と叫んでしまうほどに…

 

「はーい、〇〇さん、ふーって吐きますよ〜」「目開けましょうかか〜」「お腹の方見てくださいね〜」「力ぬいて〜」と言われて、「わがっでるんでずぅ〜!!!」と言い返す私。

息を吐くのも、はーなのか、ふーなのか、なんなのか!!!

そして、またいなくなる助産師さん。

まってぇ〜1人にしないで〜痛い〜戻ってきて〜と今思えばやばいやつでしたね。

 

3時前には「出産の用意しますよ〜」とベッドがメタモルフォーゼして、足を上げたり、マットを変えたりいろいろしてくれて、少しだけほっ。

ああ…やっと進んだ…と思いつつ、「あと、どのくらい、ですか…」と聞くと、「うーん、最初は昼から夕方くらいの感じでしたけど、夕方から夜くらいにはいけるように頑張りましょうね!」とのこと。

 

え!え!?今2時よ!?夜って8時とかでしょ!?え!?えええ!?と絶望。

優しく微笑みかけてくれる素敵な助産師さんがこの時は鬼に見えました。

しかもそのあと、おもむろに出産準備のために足につけたカバーを外されて、上げていた足をおろされて、「陣痛が5分間隔くらいになってるから、ちょっと様子見ますね〜」なんて言われ…

嘘でもいいから進んでいると言ってくれ!!

これは体勢を楽にするためだと言ってくれ!!

と心の中で悪態をつきながら、また痛みに耐え…

ここでもう、いきむのを我慢なんて絶対無理な感じに。

 

叫ぶのも、うー!とか、ぎゃー!ではなく、うぉー!というより原始的な感じになってきて、3時半ごろ、ぱん!っと破水。

破水した瞬間に助産師さんが携帯で連絡をいれ、6〜7人くらいの助産師さんが集合してあっという間にまたベッドが出産モードにメタモルフォーゼ。

先生も到着して、そこからは鼻からスイカ

陣痛も痛いし、いきんでもいたいし、出ないし、出せって言われるし、いつのまにか夫きてるし、「いるよ〜」じゃねぇよ、お前まじふざけんなよ、浮気すんなとかちょっと思いつつ、いやもうほんとそれどころでなく、出た瞬間、号泣しました。

 

夜までかかると言われていたものの、なんとか3時30分頃に産むことができました。

 

口唇口蓋裂とエコーで言われていたので、お顔見るのが少し怖かったのですが、そこは痛みをこえてようやく会えた我が子。

左側完全口唇口蓋裂でしたが、なーんだ、普通に可愛いじゃん、でした。

 

 

胎盤でなくてめっちゃお腹押されて痛いし、ちょびっと裂けた会陰は縫われて痛いし、子宮が元に戻ろうとする後陣痛痛いし、眠いけどハイになってるのか寝れないし、痛いし、痛いし、痛いし。

 

 

あとは、お腹が、とにかくお腹がすいた…という感覚。

チョコレート…と呟いていたようで、夫が手持ちのキャラメルチョコを口に入れてくれました。ちょっとだけマッチングアプリの件、許しそうになりました(嘘)

 

 

その後、大学病院の先生が口唇口蓋裂の子の治療スケジュールやミルクの飲ませ方、テープの貼り方などを指導に来てくれたり、改めて我が子と対面したりして、夫帰宅からの病室なうです。

 

 

 

私的には1回目より今回の方が、いろいろわかってる分痛いし怖いし辛かったです。

経産婦はするっと産まれると思っていましたが、うふふ、そんな人ばっかじゃない…

 

助産師さんに、無痛ならこんなに痛くなかったんですかね?と聞いてみたものの、「陣痛自体の痛みは少しましになりますけど、産む時の痛みはありますよ」とのこと。令和の時代、まだまだ産みの苦しみはあるようです。

 

明日からは母子同室ですし、口唇口蓋裂の子のお世話は初めてなのでまた日々忙しくなると思いますが、なにより、なによりも終わったことが嬉しくて、いま10ヶ月ぶりのうつ伏せでスマホぽちぽちしています。

 

今日だけは、自分を褒めて慰めて寝ます。

では、みなさま、おやすみなさい。